筆者:工藤俊郎(スポーツ科学部教授)
1.当たり前のことを改めて考える
私は教養科目の心理学を担当しています。その授業では私たちが物事を見たり聞いたりする当たり前の営みの仕組みを考えてもらっています。スポーツに直接関係する内容ではないですが視野を広げることに繋がるものと考えています。
2.具体例
?恒常性現象:例えば、身長170cmの人が2m離れたところから4m離れたところへ移動してもその背の高さは同じに見えるでしょう。当たり前と思うでしょうが、よく考えると不思議なことです。私たちが対象の大きさや形を判断する直接の手掛かりは眼の網膜に写る像(網膜像)です。2m離れた所にいる人が4mの所に遠ざかるとその像の長さは2分の1になります。しかし、私たちが感じるその人に対する大きさはほとんど変わりません。これは、同じ人の大きさは変わらないはずと脳が推定しているからなのです。
網膜像などの手掛かりが変化しても私たちに見える対象の大きさ等があまり変わらないことを恒常性現象といいます。もう一つ例を挙げましょう。目の前の水平な机の上に長方形の用紙があるとします。その用紙は長方形に見えるでしょう。しかしよく考えてみてください。用紙の下辺は眼から近く上辺は眼から遠いので網膜像は台形のはずです。これも恒常性です。用紙は長方形だと脳が推定しているからそう見えるのです。
このように私たちは推定されるものに一致するよう対象を見ているのです。この恒常性のおかげで世の中が安定して見えます。
?錯視:さて図1を見てください。円筒Aと円筒Bはどちらが大きく見えるでしょうか。Bの方が大きく見えるでしょう。しかし定規を当てれば分かりますが,図上でAとBは同じ大きさです。こういうものはしばしば錯覚と呼ばれます。「錯」とは「誤り」という意味です。しかし図1で私たちがAよりBを大きく見るのは誤りでしょうか。この図が伝えているのはAよりBが遠くにあり、BがAより実物としては大きいということです。つまりBをAより大きく見るのは誤りではなく正しく見ているとも言えます。
?主観的輪郭線:図2を見てください。三角形の上に白い逆三角形が重なっているように見えませんか。白い逆三角形に対応する手掛かりは図上に存在しません。つまり図にない輪郭や形が見えているのです。黒い丸と黒い線の三角形に重なる白い逆三角形があるはずと脳が推測し、その推測されたものが実際に存在するかのように見えるのです。
3.まとめ
以上の現象には,脳が推測したものが見えるという点で共通性があります。心理学の授業では、私たちが当たり前のように見ていることの仕組みを伝えています。興味を持った人はぜひ授業を受けてみてください。直接役に立つ内容ではないでしょうが視野を広げることに繋がるのではないでしょうか。
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